神社のトイレに閉じ込められました。しかも、そこで考えたことが……。

ずいぶん前のことですが、今でも忘れられない出来事があります。
ある日、神社に立ち寄って、トイレをお借りしたんです。
用を済ませて、ドアを開けようとしたら……。
開かない。
えっ?
もう一度、ドアノブを回す。
開かない。
鍵をかけたわけではありません。
そもそも鍵なんてない、ごく普通のドアなんです。
それなのに、開かない。
……どういうこと?(笑)
まさかの脱出大作戦
最初は、すぐに出られると思っていました。
外にいた神社の方にも大声で事情を伝え、ドアの両側から、あれこれ試してみました。
ドライバーでこじ開けようとしてもらったり、私は洗面台によじ登って、高いところにある窓を外したり。
窓から脱出できないかと、ジャンプしたり、壁を登ろうとしたり。
なかなかの運動量です。
後で気づいたら、両腕は青あざだらけ。
トイレに入っただけなのに、どうしてこんなことに……。
そして、とうとう諦めた私は、何を始めたと思います?
トイレの中から外の景色の写真を撮り始めたんです。
しかも、ブログまで更新していました。
「トイレに閉じ込められた……」
「もう一時間も出られない」
……実況中継です。(笑)
だって、ほかに何をしろと。
結局、鍵屋さんを呼んでいただき、ようやく脱出できました。
神社の方、鍵屋さん、本当にありがとうございました!
ところで、ここは神社です。
普通なら、こんなとき何を考えるでしょう。
「なんて運が悪いの!」
「どうしてこんなドアになっているの?」
「今日は最悪!」
そんなふうに思っても不思議ではありません。
私だって困りましたし、何とか出ようと必死でした。
でも、ようやく外に出られたあと、ふと考えたんです。
よりによって、神社のトイレに閉じ込められるなんて。
……これ、何か意味があるんじゃない?
もしかして、今の私は、自分の思い込みに閉じ込められている?
もっと外の世界に出なさい、ということ?
それとも、じたばたしないで、安心して待ちなさい、ということ?
そんなことを、あれこれ考え始めました。
神社ですからね。
神様からのメッセージ?
何かのご縁?
ひょっとして、アマテラスさんの天岩戸みたいな話だったりして……。

いやいや、そこまで大げさな話ではありませんけど。(笑)
でも、こんなふうに考え始めると、ちょっと面白くなってくるんです。
ところで、何の話でしたっけ?
そうそう。神社のトイレに閉じ込められた話でした。(笑)
それなのに、いつの間にか神様からのメッセージだの、天岩戸だの……。
考えてみれば、単にドアが壊れていただけかもしれません。
でも、人間って面白いですよね。
同じ出来事でも、「なんて運が悪いんだ!」と思うこともあれば、「これって何か意味があるのかな?」と考えることもある。
しかも、その日の気分によっても違ったりします。
心理学では、こうした物事の受け取り方を「認知」という視点から考えることがあります。
もっとも、私の場合は、認知というより想像力が少々暴走しただけかもしれませんが……。(笑)
あの日の出来事に、何か特別な意味があったのか。
今でもわかりません。
ただ、一つだけ確かなことがあります。
どんなに深い意味を考えてみたところで、開かなかったドアを開けてくれたのは、神様ではなく鍵屋さんでした。
ありがたや、ありがたや。(笑)

